お侍様 小劇場
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   “秋の こがねの…” 〜寵猫抄より


       




風格あるお屋敷町…なのは、JRの線路を挟んだ隣町だが。
こちらの家並みも、これはこれで なかなかに古風で味のあるそれが多く、
何と言っても落ち着いた空気が心地いい。
そんな住宅街を十数分もほてほてと歩めば、
家並みが途切れかける一角に、
通りに面して細いめの石碑が居並ぶような柵が現れ、
その先には短い石段が中へと誘う、緑の多い敷地が現れる。
どっしりとした…とまではいかないながら、
それでもちゃんと石の鳥居が門の代わりに立っている神社で。
今は見事な金色に染まったイチョウの木が数本、
境内のあちこちへ配されており。
その一番奥には、こちらのご神木なのか、一際大きな大イチョウが、
近づいてから見上げると、
色づいた葉をまとう梢が空を隠し切るほどもの威容で立っている。
色づいて随分と経つものか、足元もまた、
参拝者を社まで導く飛び石が見えぬほど、
きれいな黄色の葉がわざわざ敷いたように振り撒かれていて。

 「みゃうにゃっ♪」
 「ああ、これこれ。
  皆さんで掃いておいでだ、邪魔をしてはいかん。」

早速のように、勘兵衛の腕から“とうっ”と鮮やかに飛び降りると、
縁石の裾などへ吹きだまったの見つけ、
意気揚々と蹴散らかそうとしかかる仔猫様だったのへ。
これこれと屈んで捕まえかかった勘兵衛のその手の先へ、
見慣れた靴の先が現れて。それから、

 「お早いお着きですね。」

聞き慣れたお声が掛けられたので。
おやとお顔を上げたれば、
先にやんちゃ坊主を取っ捕まえてくれた手へ、
作業用だろう軍手をはいた、普段着にエプロン姿の七郎次が立っており。

 「……と。ああ、ごめんごめん。この匂いはいやか、久蔵。」

抱えた仔猫様が微妙にもがくのへ、あははと苦笑をし、
はいと勘兵衛の手元へ渡そうとする。
それもそのはずで、
今日の彼はこちら様へ“ギンナン拾い”の助っ人に来ており、

 「確かに…好き嫌いのありそうな匂いだからの。」

落ちた実が熟して放つ匂いは独特なので、
風邪の季節だから…という意味合いじゃあなくの、
マスク装着という重装備な人々も多く。

 「あとちょっとですんで、
  隣の境内の、そう植木市でも見ていてくれますか?」

実は奥行きがあるこちら様の神社。
こちらの通りからの手前にあたる境内とは別口、
裏手にも“境内”が広がっており。
そっちでは時折、ご町内のかたがたの催しやら、
業者さんが借りての植木市などが、月に1度ほど立つそうで。
今日の“ギンナン拾い”は毎年盛況なせいか、
それへ合わせてという植木市もこれまた恒例。
今時だと冬を越すための工夫なども専門職の人へ聞けるので、
そちらへも立ち寄る人は絶えず。

 『そういえば、ウチにはポインセチアはあったかな?』

島田せんせいが今取り掛かっているのは、春の号への作品だけれど、
冬場からの因縁ものなので、
シクラメンだのポインセチアだのも見ておきたいと言い出され。
ウチにはあいにく、プリムラしかありませぬと眉を下げた秘書殿が、

 『そうそう、明日 近所の神社で植木市がありますよ?』

そこへもきっと鉢が並びましょうから、それを観にくればいいと勧めてくださり。
実は、丁度わたしも赴くのですが、
戸外での作業のお手伝いなので、
久蔵にはお留守番をさせることとなりそうと案じてもいたところ。
よろしかったら少し後から、この子を連れておいでくださいませんか?と。
渡りに船だったらしいお言いようをした、
その“作業”というのが、このギンナン拾いだ。
1時間ほどしか時間差はなかったはずだが、
それでもこちらの境内は随分とすっきり片付きかけてもいて、

 『わたしよりも早くにおいでの方々が たんとおりましたし。』

お元気そうなお年寄りの姿も見えの、
はたまた、祭日だったからだろう、
子供らが掃き集められた落ち葉をつかんで花吹雪の真似ごとをしてもおり。
これいけませんと大人から叱られつつも、
あははという笑いの途絶えない、何とも和やかな場であって。

 「あ、久蔵ちゃんだvv」
 「え? どこどこ?」

七郎次の軍手にくっつけてしまったお鼻を、
小さなお手々でくしゅくしゅ擦っている仔猫へと、
目ざとい子供らがわっと寄って来たものの。
抱えているお人がいつものお兄さんではなかったものだから、
ありゃりゃ?と手前で立ち止まるのが、
こっちの二人には何とも微妙な苦笑を誘う。

 “そりゃあまあ、
  初対面の…それも、蓬髪のばした あご髭のおじさんへ、
  いきなりは懐けないわな。”

逞しいイチョウのご神木の梢に、畏れ多くもちょこりと乗っかり。
やわらかな陽あたりに黒々とした肢体を温めて、
そんな人々を見下ろしていたのは いつもの黒猫さんで。
とはいえ、可憐な仔猫の糸のような鳴き声の可愛さには勝てないか、

 「…触ってもいいですか?」

勇気ある女の子が勘兵衛へと聞き。
それへ“どうぞ”と頷いたその上、わざわざ屈んでくれたおじさんだったので。
他の子までもが便乗しての、小さな手が幾つも押し寄せて来。
可愛い可愛い、小さいねぇ、まだ赤ちゃんなんだよと。
ふわふかな毛並みや小ささへ、
よしよしとひとしきり、触って撫でての応酬があって。

 『…すさまじい“お触り”だの。』

さして数はいなかったけれど、親御がいる場でもあの勢いだったから、
子供ばかりの場で撫でさせて攻撃にあったら…儂では到底務まらぬぞと。
半ば本気で言い立てて、女房殿を笑わせたのは帰ってからのことなれど。

 『ようも大人しくいられる久蔵だの』と、

結局は子褒めに落ち着く“親ばかさ”は、夫婦でいい勝負かと。
(苦笑)
そんな引っ張りだこ状態が引いたのと同時、
その間にと自治会の方へ挨拶でもして来たか。
落ち葉用とギンナン用と大小2種類を下げていたビニール袋を、
それぞれ社務所前の集積場へ預けの、
エプロンも軍手も外した七郎次、手へは携帯用の消毒クリームを塗りつつ、
たかたかと足早に戻っておいでで。

 「さて、植木市を見に行きましょうか。」
 「もうよいのか?」
 「ええ。まだまだ続々とお越しですしね。」

白い手にて小さなカードをほらと見せてくれて、

 「今日のお手伝いをしましたという交換券です。
  これを後日持ってくれば、
  実を取り除きの乾かしのしたギンナンを1袋、
  無料で分けてもらえるんですよ。」

年にもよりますが、結構な量のがいただけますからねと、
嬉しそうに微笑って、さて。
消毒用のジェルでいやな匂いは消えたのか、
仔猫様がしきりと手を延べてくるのに気づき、
代わりましょうかと抱っこを交替。
青玻璃の目許を細める笑顔が、
金色の葉をたわわに宿らすイチョウの大木を背景に、
いやに神々しく見えて。

 「ああ、頼もうか。」

頼もしくはあるが、
多分に久蔵の方が掴まってたという傾向の強かった抱っこから、
おっ母様の手慣れた抱っこへとバトンタッチされると。
仔猫の肢体を自分の胸元へ伏せさせる彼の手際へ、
久蔵のほうでも慣れたもので、
小さなお手々を肩口に載せ、
いかにもな“抱っこ”の態勢になったのが何とも見事。
同じ方向を向くということへ、そんなに頓着しなくともいいのですよと、
その要領のよさから教わったようなもので。

 “成程の。”

自分らには小さな幼子に見える仔猫様。
それでついつい、抱っこひとつ取っても微妙な取り違いをしていたらしいと、
今頃 気づいた勘兵衛だったが、

 『何を仰せですよぉ。』

同じもの、同時に見たいと思うのは当然の親心です、と。
ただ、私なんぞは腕の力が続かないので、
自分へ凭れさせるという楽をしているだけですよと。
これもまた後から七郎次に諭されてしまうのだが、それも今はさておいて。

 「…ほほぉ。」

少しほど傾斜のある敷地の、神社を挟んで向こう側。
広場とも呼ばれている境内には、大小幾つかの天幕が張られ。
スタンドへ居並ぶ鉢へも、盆栽から可憐な花々までと様々に揃っている他。
小さな鉢が足元へ、敷き詰めるように何十個も並んでいたり、
腐葉土だろうか、麻やビニールの袋に詰められた、
土嚢のようなのがあちこちへ積み上げられていたりと、
結構本格的な品揃えでもあるようで。

 「あ。こっちにポインセチアが。」

参考にしたいと言ってらしたでしょう?と、
片腕は仔猫の背中を支えるように添えたまま、
もう一方の腕、しなやかに上げて示して見せる。
こちらには社前のほど大きなイチョウもないせいか、
すっきりと仰げる空から、透度の高い陽がふんだんに降りそそいでおり。
七郎次の絹糸のような金の髪やら、すべらかな頬の白さやら、
宝石を思わせる水色の瞳の、繊細な趣きやらを、
余すことなく映えさせており。

 「………。」

いつまでも年齢を感じさせずの、清かに麗しいのは大きに結構なれど。
それを愛でてもいいのは自分だけ…と思っては、さすがに傲慢なんだろかと。
こういう場にいると、時々ではあるけれど、
焦燥にも似た想い、ちらりと感じることも多かりしな勘兵衛で。
余人もまた注視してやまぬだろ、
七郎次の風貌やら存在感がまとう美麗さは、
決してなよなよとした頼りない代物ではない。
凛と冴えての清冽な所作の、
それでいて無駄のないところは、よくよく練られた逸物でもある証し。
当たり障りのないようにとソフトなのではなく、
何でも受け止めてやろうじゃないかという、
しっかとした芯のある優しさで、何事へも当たる彼であり。
及び腰ではないからこそ、
安心して頼りに出来る、本当の優しさを抱えてもいる。
そんな彼が、自分へとだけ悪戯っぽい笑いようをし、目配せを送って来、
何も言わずとも同じ合点へ至る存在なのが、
勘兵衛へもくすぐったいほどに誇らしくてたまらない。
何かが掠めたか、くしゅんと小さくくさめを放った仔猫を覗き、
あれあれと眉を下げる横顔の、何とも暖かな柔らかさに満ちていることか。
勘兵衛への気遣いも完璧で、ただまあ…

 “アレが出たときだけは、微妙な意味から勇ましくなるが。”

そうでしたね。
御主を呼び立てての、あっちだこっちだ指図して、
取っ捕まえるまでと粘っての、追い回させておりますものね。
(苦笑)

 「…あ。」

そんな不埒(?)なことまで思い出していた勘兵衛の視野の中、
彼もまた様々な鉢を眺めていた七郎次が、
不意に何かへ眸を止め、動かなくなる。
何だどうしたと、自分の目当てもお座なりにそちらを見やれば、
小さめの鉢にチョコンと植えられたプリムラが、
バラのような重ね咲きの、淡い紫という色合いも風雅に、
なかなかの美貌で棚の一角へ鎮座しており。

 「……。」

どうしたものかと七郎次が迷っているのは、
プリムラに限っては既に1ダースほども鉢を抱えている身だから。
自分にしてみれば、
これはこれまでには出会っていないタイプの可憐な花だったが、
似たようなものばかりを、これ以上増やしてどうするかと、
勘兵衛から呆れられるんじゃなかろうかと思っての逡巡から。
欲しいなぁというお顔も出来ぬまま、う〜んとひとしきり迷っておれば。

 「その、淡い紫ので良いのか?」
 「…………え?」

掛けられたお声への反応、そちらを向きかけた視野の中、
見つめていた鉢が大きな手へ攫われて。
これをと店主へ差し出され、あっと言う間にお勘定も済んでしまった代物が、
手提げ袋に入れられて、どうぞと七郎次へ渡される。

 「あ、あの…。」

用は済んだということか、すたすた歩きだした大きな背中を慌てて追えば、
そこへとかかった蓬髪がかすかに傾き、

 「?」

かすかに振り向きがてら、
小首を傾げて“どうかしたか”と訊いている勘兵衛なのが、
手に取るように察せられ。

 「いえあの…。////////」
 「みゃん?」

ありがとうございますの一言を、含羞みながらも言いかけたその間合いに。
新しい土の匂いに引かれたか、久蔵がのぞき込む袋の中には可憐な花鉢。
ああこれ、悪戯しちゃいけませんと、注意が逸れた女房殿へと苦笑をし、

 「なに。色合いや佇まいがお主に似ておったのでな。」

けろっとそんな言いようをするのは、さすが物書きの面目躍如というところだろか。

  勘兵衛様。/////

  んん?

  そんな決め台詞を、
  往来でポロポロ零すもんじゃありません。////////

  だから、傍へ寄ったのだろうが。

ほんの1歩も間合いのないほどのすぐ前へ、
速足で戻って来ての ぼそりと囁いたのもまた、
周囲へは何も伝えぬよう計らうところが何とも性悪な手の内で。
ばりばりの家内型、執筆業にのみ勤しむ勘兵衛なのに、
一体どこでそういうのを覚えてくるかなと。

 「〜〜〜〜〜。/////////」

周囲に散らばる金色の落ち葉の中、
白い頬、見事に紅潮させてしまった、恋女房殿。
この後 引いたおみくじに、
恋路順調なぞと出た日にゃあ。
日頃から仔猫様へと向けてた“惚れてまうやろ”のあの仕草、
口許しっかと覆ったまんま、解けずに帰宅となりかねぬ。

  小春日和のとある秋の日、
  なんでもない昼下がりの一幕でございました。





   〜Fine〜  2010.11.23.


  *「いい夫婦の日」に間に合わせたかったのですが、
   時間的な問題から無理でした。
(とほほん)
   ネタはちゃんと前日までに
   煮詰めてあったんですけれどもね、いや本当に。

  *というのが、
   それは大きなイチョウの樹のある村が、
   N〇Kにて取材されていたんですよ。
   某電化メーカーのCMの
   “この樹、なんの樹…”レベルの大きさで。
   随分と上空からの撮影画面でも、その威容が凄かったの何の。
   穫れるギンナンの処理のため、
   どのご家庭でも、
   実を飛ばすための中古の洗濯機を据えておいでで。
   北海道でジャガ芋を洗うって話は聞いた事ありますが、
   (あと、里芋とか)
   ギンナンもそうやって扱うとは初耳でしたね。
   輪切りにしたチクワに1粒ずつ詰めて串に5、6個を刺し、
   そのまま炙ったギンナンってのが出て来て
   (あれ? テンプラだったかな?)
   贅沢なおやつだなぁと見ほれたのはここだけの秘密です。
(笑)

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